バリエーション豊富な京急電鉄の「新1000形」
京急電鉄は、東京都の品川から神奈川県の川崎・横浜を経て三浦半島にいたる本線および久里浜線、そして羽田空港アクセスを担う空港線、そして大師線、逗子線の合計5つの鉄道路線を運営する日本の大手私鉄のひとつで、一般的には「京急」と呼ばれています。
そして「リラックマ」、「すみっコぐらし」など、キャラクターとのコラボレーションも多い鉄道会社でもあり、Nゲージモデルでも、コラボレーションラッピングの車両が製品化されています。
そんな京急から先日、面白い貸し切り列車ツアーの開催が発表されました。
それが 「1000形大集合撮影会!」というもの。
今回のイベントでは京急の久里浜工場にて、アルミ車、ステンレス車など様々な新1000形の車両を並べて、撮影会を開催。
さらに2022年「ブルーリボン賞」を受賞した新造車両1000形「Le Ciel(ル・シエル)」が「8両幌付き」で初運行!
こちらの車両にも乗車できるということで、ツアー名の通り、とにかく1000形が大集合するイベントのようです。
そこで素朴な疑問が。
「そもそも何故に、京急の1000形は、そんなにたくさんの種類があるのか?」
という訳で、今回は京急の1000形について詳しくご紹介したいと思います。
「新」と「旧」がある「1000形」
今回の京急の久里浜工場にて、イベントで大集合する「1000形」とは、通称「新1000形」と呼ばれるもの。ということは、それ以前にも1000形が存在したということですね。
せっかくですので、新1000形の前に活躍していた「旧1000形」についてもご紹介しましょう。
1959年に誕生した「旧1000形」は赤色の車両の窓下に、細く白い帯が印象的な、2010年まで活躍した車両です。
2002年「新1000形」が登場して以降は、識別のため「旧1000形」と呼ばれています。
この「旧1000形」は、1959年から1978年まで、19年間という長期に渡って356両が製造され、これは京急の中でもトップクラスの製造数だと言われています。
「旧1000形」が誕生した1959年と言えば、当時の皇太子殿下(現在の上皇様)が御成婚され、パレードのテレビ中継が行われることから、テレビの売れ行きが急増。それに伴い一般家庭での電化が急速に進みました。
さらに1964年のオリンピックの開催が東京に決定。オリンピックを控え、民間企業も積極的な設備投資を行い、公共投資も活発化。鉄道や道路などの産業基盤への投資が増加し鉄道路線が拡充していきます。
この頃、京急の沿線エリアの開発も併せて進み、分譲住宅が多く建てられ、結果として利用者が増加したことを踏まえると、車両の製造が多くなったのも納得です。
しかし、さらなる快適性の向上、環境への配慮や省エネルギー化などを目指した車両の開発が進められた結果、新1000形が誕生。旧1000形は、2010年6月に運用が終了となりました。
素材をはじめ、様々な種類がある「新1000形」
さて、旧1000形に置き換えられる形で登場した「新1000形」は、製造された時期によって塗装や素材が異なる車両でもあります。
例えば、車体の素材。「アルミ車体」と「ステンレス車体」の2種類に分類され、初期の頃はアルミ車体で、現在はステンレス車体が主流となっています。
さらに塗装も微妙に異なるため、その違いについても詳しくご紹介します。
アルミ車体全体に塗装を施した車両
都営浅草線、京成線、北総線への乗り入れを考慮し2002年に登場した車両は「新1000形」の幕開けとも呼べる車両。
アルミ合金製の車体を採用し、赤色をベースに窓を囲むような白のカラーリングのこの車両は2006年まで製造されました。
ステンレス車体の一部にカラーフィルムを施した車両
2007年に京急では初のステンレス車体を採用。
ステンレス製の車体の側面の上部と窓の下に赤いカラーフィルムを施し、その上部にはアイボリーホワイトの白い帯が入ったカラーリングで、2014年まで製造された車両です。
京急に限らず近年、多くの鉄道会社でステンレス車体の導入が進んでいるのは、素材自体は高価でも表面が腐食しにくい素材であるため、全面塗装する必要がないことから。
結果として塗装にかかる費用を削減することとなり、車両自体の維持費を節約できるという利点があるからです。
正面からだと違いがあまり分からないのですが、こうして車両の横から見るとステンレスの部分がよく分かり、一目瞭然ですね。
とはいえ、旧1000形もそうですが京急と言えば「赤い電車」のイメージが強いことから、これ以降「京急らしさ」を求めて、京急の試行錯誤が始まります。
ステンレス車体全体にカラーフィルムを施した車両
先にご紹介したものと似ているのですが、初期のアルミ車体全体に塗装されたタイプをカラーフィルムで再現したタイプで、2015年から2016年まで製造された車両。
車両全体にフィルムが貼られているとはいえ、カラーフィルムは隙間や曲面部分に貼ってしまうと、洗車の際の水圧などで縁から剥がれてしまう恐れがあるため、窓枠やドア枠など車体から出っ張っている部分についてはカラーフィルムを貼らず、ステンレスの質感のまま、無塗装となっています。
ステンレス車体全体に塗装を施した車両
2017年から現在まで製造されている車両で、基本的な車体や内装は2016年に製造されたタイプを継承しているのですが、京急らしさのある「赤い電車」に近づけるため、約11年以上ぶりの車両全体への塗装に踏み切った車両でもあります。ちなみにステンレス製の車両への全面塗装は関東大手私鉄では初でした。
このように「赤い電車」のイメージが強い「新1000形」ですが、実はその中で唯一、異なる色が1編成だけあるのをご存知でしょうか?
それは2014年に登場した黄色塗装を施した新しい車両「KEIKYU YELLOW HAPPY TRAIN」(京急イエローハッピートレイン)です。
実は京急には機器・機材の運搬や救援車として使用されている黄色の「電動貨車」があります。
この車両の運転は1週間に1~2回程度、限られた区間でしか運転されず絶対に乗車できないことから、走行する姿を見るとハッピーになるという「幸せの黄色い電車」として隠れた人気車両となっていました。
そこで京急は「ならば沿線に幸せを広めるために、新1000形の1編成を黄色にして、乗車できる『幸せの黄色い電車』を運行すれば良いのでは?」となり実現した車両。
当初3年の期間限定の運行だったものの、沿線の利用者や鉄道ファンの好評を受けて、2017年度以降も引き続き運行を続ける車両となりました。
「1000形」が多い理由は京急ならではの「路線」の特徴から
さて、素材や塗装スタイルの変化を遂げて、様々な車両が生まれた「新1000形」。
昨年時点で運用されている車両は約480両程。京急の車両全体が800両近くあることを考えても京急全体から6割以上が1000形ということとなり、いかに1000形と名前の付くの車両が多いかが分かります。
それにしてもなぜ、少しずつリニューアルしながらも「1000形」でなければいけなかったのでしょうか?理由は京急の「路線」の特徴にあります。
1968年から、泉岳寺を介しての新橋・日本橋・浅草方面へと向かう「都営地下鉄浅草線」との直通運転を皮切りに、浅草線押上駅を経由して「京成線」、京成線京成高砂駅を経由して「北総線」、そして京成線東成田駅を介しての「芝山鉄道線」と、実は京急は他の鉄道会社を交えての直通運転を多く行う鉄道会社のひとつでもあります。
そこで必要となるのが「相互直通車両」。つまり相互に直通できる車両をあらかじめ決める必要がありました。
京急では、相互直通車両の場合、他社の路線でも走行できるよう、規格を設けており、車両番号があらかじめ決めているのですが、その車両番号のひとつが1000番台。結果、様々な路線でも運用できるよう1000形の数が多くなったという訳です。
多くの人々に愛された「歌う電車」の最後の1編成も1000形だった
最後にもうひとつ。京急と言えば「赤い電車」という認知度アップに新1000形の塗装だけでなく、車両に搭載されたモーターを制御する装置「インバータ」も関係していたことをご存知でしょうか?
1990年代当時。電車が加速したり、減速したりする際には、モーターを制御する装置である「インバータ」の振動によるノイズ(磁励音)が、いわゆる「雑音のような厄介な音」として騒音問題にもなっていました。
そんな中で、ドイツのシーメンス社のエンジニアは「ノイズに聴こえるなら、それを心地よい音にすれば良いのでは?」と遊び心で、インバータを調整することで、結果としてノイズが音階に聴こえるようなインバータが誕生しました。
そこで1998年から京急では、性能・コスト面でも優れていた、このドイツのシーメンス社製の「インバータ」を導入。今回ご紹介している新1000形の車両や、2100形に搭載されました。
このインバータが搭載された車両は、駅を出発する際に「ファ ソ ラ シ ド レ ミ ファ~♪」と、独特の音階を奏でながら走行。その後、沿線を走る車両から響く音色から「歌う電車」と呼ばれるようになり沿線で暮らす人たちにも愛される車両となり、その独特の音を奏でるインバータは「ドレミファインバータ」とも呼ばれるようになりました。
ロックバンド「くるり」による京急の羽田空港駅開業7周年を記念してつくられたイメージソング「赤い電車」では歌詞の中に「ドレミファインバータ」の音色と思わせる音階が登場する程。独特のメロディーから一躍、京急の「赤い電車」の新1000形は、利用者への認知度が高まったのです。
しかし、技術の進歩とともに新しく登場したインバータは装置から発生するノイズを制御し、音も小さくなったことから、あえて音階に聴こえるよう調整する必要がなくなりました。
さらに、導入当初は性能・コスト面で優れていたシーメンス社製のインバータも、高温多湿の日本の気候には合わないことや、仮に故障した場合に、海外メーカーであることから部品をドイツに送る必要があるなど、メンテナンスに大変な手間がかかるという別の問題が生じたことから、京急では車両点検のタイミングで、2008年頃からは騒音自体を軽減した国産の新型インバータに順次、切り替えることに。
次第に消えつつあるメロディーに沿線の利用者や、鉄道ファンの間では「ドレミファインバータの引退」がささやかれるようになり、独特のメロディーの消滅を惜しむ声があがります。
そこで京急は2021年7月には、ドレミファインバータが搭載されていた最後の1編成も新型のインバータへの交換を迎えることから、 記念乗車券の販売や、特別貸切イベント列車としてドレミファインバータの車両イベントを開催。
発車と共に奏でるメロディーを最後に聴き納めようと、イベントの参加者はもちろんのこと、沿線で停車する駅には多くの利用者や鉄道ファンが、その独特の音色に耳を傾けました。
そんな多くの利用者に愛されたドレミファインバータを最後まで搭載した1編成も、また新1000形でした。
京急の新1000形も、こうして細かく見ていくと、その時代とともに少しずつ変化するデザインがまた面白く、京急による「京急らしさ」を打ち出そうとする強い意志のようなものも感じられますね。
新1000形だけを見ても、これだけバリエーションが豊富な京急ですが、他にも600形や700形、2100形など様々ばタイプの車両があり、Nゲージモデルの製品化もされています。
今回のご紹介で、京急の車両に興味を持たれた方は、ぜひこの機会にNゲージモデルの京急の車両を手に取って、ご自宅で楽しまれてはいかがでしょうか?
今回は、様々なバリエーションの車両を展開する京急の「新1000形」についてご紹介しました。
2014年5月に「KEIKYU YELLOW HAPPY TRAIN」として黄色いボディとなって登場した京急新1000形。その後3年間の運用を経て、2017年4月に客扉もボディ同色(従来は銀色)の黄色となって再登場しました。
2000形の後継車両として1998年に2扉の扉間転換クロスシート装備にて登場した「京急2100形」。2020年9月-11月頃にかけて、車体に大田区公式PRキャラクター「はねぴょん」がラッピングされていました。
京急本線 久里浜線で活躍する2扉転換クロスシートの優等列車、京急電鉄の人気形式2100形を再生産。初心者にもお求めやすい、基本4両/増結4両セットのベストセレクション製品として登場です。
1959年より、356両が製造された、18m3扉のロングシート通勤電車「1000形」。全盛期には、京急の在籍車両の半数以上を占め、文字通り「京急の顔」として活躍しました。現在は全車廃車となっています。
1994年、地下鉄乗入れに使用していた旧1000形の置き換え用として登場した「600形」。2022年9月5日より2022年12月17日まで「すみっコぐらし」のラッピングが各車に施された「すみっコなかま号」として活躍していた車両です。