広島電鉄について
広島電鉄とは鉄道・軌道事業やバス事業不動産事業を行う会社で広電の愛称で親しまれています。
日本最大の路面電車事業および中四国地方最大のバス事業で、2012年、電車事業・バス事業・不動産事業が広島電鉄の事業の三本柱になっています。
明治43年に広島電鉄の前身の広島電気軌道が設立され、大正6年に今の広島ガスにあたる広島瓦斯と合併し広島瓦斯電軌となりました。
昭和17年に広島瓦斯電軌の交通事業部門が分離して広島電鉄となりました。
この年に初代600形、650形が導入され現在の江波線の一部となる土橋 - 舟入本町間が開通しました。
その後も現在の路線網となる線が次々開通されました。
昭和20年8月6日原子爆弾が広島市に投下され広島電鉄本社は半壊、所有している路面電車車両も123両のうち108両が被災しました。
軌道の被害は28,150mに及んでおりましたが、8日には全線で運行再開しております。
運行再開は途方にくれる市民を大いに勇気付けたとされています。
尚、男性乗務員が多数兵役に出ていたため復旧から終戦までは女子学生が運転士業務を行っておりました。
広島電鉄3000形電車は1979年に広島電鉄に配置され現在も在籍中の路面電車車両です。
3000形は一時、宮島線直通運用の主力車両として運用されていましたが、3700形や3800形、3900形の登場後は余剰気味になっていき、平日朝ラッシュ時に主に限定運用されていました。
他の直通運用車両と比べると高速域での加速が悪く、直通運用車両の中で唯一常用ブレーキが空気ブレーキのみで電気ブレーキを装備していなかったため、ブレーキシューの交換頻度が短くメンテナンスに時間がかかっていました。
そのため老朽車両の代替と輸送力向上のために市内線へ移籍することになりました。
2015年7月には機器の老朽化が進んでいることもあり1000形の導入が進んでいるため3005編成・3006編成が運用廃車となりました。
3005編成・3006編成はその後同時に廃車された750形の一部とともにミャンマー国鉄に譲渡され2016年1月よりミャンマーの旧首都ヤンゴンで運用されています。
広島電鉄200形電車は第2次大戦で被害を受けた車輛の部品を利用して車体を新造したもので
1988年に姉妹都市の西ドイツ・ハノーバー市より寄贈されたため、「ハノーバー電車」と呼ばれています。
当初ハノーバー市電において使用されておりました。
1988年に、広島市はハノーバー市に姉妹都市提携5周年記念として茶室を寄贈し、そのお返しとして、広島市に寄贈され広島電鉄に入線しました。
そのため車両にはハノーバーから広島市に向けての礼文が側面に書かれています。
固定式の窓である上、屋上に抵抗器が載っているため、冷房改造が出来ない車両となっております。
そのため特に夏が多湿となる広島では通年の運用に適してなく毎年11月から3月の日曜日・祝日に横川線で営業運行されています。
12月には電飾を施したクリスマス電車として使用されております。